教科書|分野 5/25
05ネイルの歴史
マニキュア・ペディキュアの語源
「マニキュア」は、爪にネイルエナメルを塗ることや、ネイルの手入れそのものを指す言葉です。語源はラテン語で、手を意味する「マヌス(manus)」と、手入れを意味する「キュア(cure)」を組み合わせたもので、本来は爪だけでなく“手全体の手入れ”を意味します。
同じように、足の手入れを指す「ペディキュア」は、足を意味する「ペディス(pedis)」と「キュア」からできた言葉です。マヌス=手/ペディス=足の対で覚えましょう。

語源はラテン語で分解できる
2語ともラテン語の組み合わせでできています。分解すると意味がそのまま出てきます。
| 語 | 分解 | 意味 |
|---|---|---|
| マニキュア | manus(手)+ cura(手入れ) | 手の手入れ |
| ペディキュア | pes / pedis(足)+ cura(手入れ) | 足の手入れ |
共通するcura=手入れ・世話が「キュア」にあたります。ケア(care)と同じ語源で、英語のcureとも通じます。manus=手、pedis=足の2語さえ覚えれば、どちらがどちらか迷いません。
日本語ではマニキュア=爪に塗るものという意味で使われがちですが、本来は手の手入れ全体を指す言葉です。塗る液体そのものはカラーポリッシュ(ネイルエナメル)と呼びます。この使い分けが問われます。
世界のネイルの歴史(古代〜アジア)
爪を彩る歴史はとても古く、古代エジプト(紀元前3000年以前)に始まったとされます。当時はヘナ(植物)の汁で爪を染めており、はじめは呪術的な意味合いが強いものでした。エジプトでは赤が太陽・血・神聖さを表す色として好まれ、爪の色が身分を表し、王や王妃は濃い赤、その他の者は薄い色しか許されなかったと言われます。防腐剤である朱(水銀朱)はミイラにも使われました。
その後、美容の文化はギリシャ・ローマ時代へ伝わります。ギリシャでは人工的な美よりも健康的な美を理想とし、身だしなみとしての手入れが広まりました。中世・ルネッサンス期には舞台芸術が発達し、役を表現する化粧とともに指先の演出も生まれました。
アジアでは、中国で古くから「爪染め」が行われ、爪の長さや装飾が身分・階級を表すものになりました。皇族は金や銀を爪に塗り、長い爪は手仕事をしない高貴な身分の証とされました。中国では18世紀にはすでに付け爪(義甲)や、長い爪を保護する装飾具が使われていました。
中世・ルネッサンス時代になると、階級層の成り立ちの影響から芸術・文化が発達し、なかでも舞台芸術が化粧の文化を高めていきます。オペラの起源となるバレエが創作され、キャラクターを演じるうえで演出としての化粧の表現とともに、指先の演出が生まれます。
そして中世ヨーロッパの時代は、ハンマムと呼ばれた美容院でクリームを用いて爪の手入れをしていたようです。ハンマムはモロッコ式のサウナと風呂を合わせたような施設で、スパの元祖とされています。
ギリシャ・ローマ時代についても補足すると、当時のギリシャの女性には控えめな生活が望まれ、健康的な美を理想とし、人工的な美は好まなかったといいます。そうした背景から、装飾ではなく「手入れ」としてのマニキュアが流行したと理解できます。
中国では、蜜蝋と卵白、ゼラチン、アラビアゴム等を使って染料を作り出していました。紀元前600年頃になると、皇族は金や銀を爪に塗るようになります。爪の長さが身分階級を表す重要なものとされ、長い爪は手仕事をしない高貴な身分の証と考えられていました。18世紀には、裕福な位にある男女が小指と薬指の爪を長く伸ばす風習がありました。

「何を使ったか」と「何を表したか」で整理する
地域ごとにばらばらに覚えると混乱します。図のように使ったものと爪が何を意味したかの2つの軸で並べると、違いがはっきりします。
とくに問われるのがエジプトと中国の違いです。どちらも爪で身分を表した点は同じですが、手段が違います。
- エジプトは「色」…王や王妃は濃い赤、その他は薄い色しか許されなかった
- 中国は「長さ」…長い爪は手仕事をしない高貴な身分の証
残る2つは方向性が違います。ギリシャ・ローマは装飾ではなく手入れで、人工的な美より健康的な美を理想としました。中世ヨーロッパは舞台芸術とともに発達し、バレエの創作とともに指先の演出が生まれました。またハンマムというモロッコ式のサウナと風呂を合わせた施設で爪の手入れが行われ、これがスパの元祖とされています。
日本のネイルの歴史
日本でも古くから爪を染める文化がありました。飛鳥・奈良時代には、酸化鉄を主成分とする紅殻(べんがら)で指先を赤く染めていたとされます。
平安時代には、ホウセンカ(鳳仙花)とホオズキの葉を使って爪を紅く染める爪紅(つまくれない・つまべに)が行われました。遊女を通じて化粧の文化が庶民にも広がったといわれます。
江戸時代には、中国から伝わった紅花(べにばな)を使った染色が盛んになり、爪に紅を塗ることを爪紅(つまべに)、唇に塗ることを口紅と呼びました。文献には赤いホウセンカの花弁とミョウバンを用いて爪を塗るという記述が残されています。
明治時代になると西洋文化が入り、フランス由来の磨爪術(まそうじゅつ)が伝わります。第二次世界大戦後にカラーポリッシュが浸透し、1960年代後半にはその人気がさらに広がりました。1970年代にはアメリカ西海岸ブームが起こり、カルチャーの一つとしてネイルサロンが紹介されます。その後マニキュア技術は、美容室のサロンメニューにも取り入れられるようになりました。
「爪紅」の読みについて
爪紅は「つまくれない」とも「つまべに」とも読みます。どちらも正しい読みで、爪を紅く染めるという同じ文化を指します。
ただし教本によっては、平安時代を「つまくれない」、江戸時代を「つまべに」と時代ごとに読みを振り分けて表記しているものがあります。試験対策としては2つの読みがあることを知ったうえで、内容(何を使って染めたか)で答えられるようにしておけば十分です。
使った材料は時代で異なります。平安時代はホウセンカ(鳳仙花)とホオズキの葉、江戸時代は中国から伝わった紅花(べにばな)。問われるのはこちらの区別です。
近代・現代のネイル史
近代(19世紀)になると、欧米でマニキュアリストという職業が登場します。爪磨き粉や蜜蝋・油を研磨剤に使い、セーム革で磨いてナチュラルで透けるようなピンクの爪に整えました。ネイルの道具(マニキュア箱)も売られ始めますが、まだ庶民には高価なものでした。
20世紀に入ると、爪に塗るニスが登場します。1923年、自動車の塗装用に開発された速乾性のラッカーをもとにネイルラッカーが生まれ、1932年には、その副産物として現在も使われるカラーポリッシュが誕生しました。
1970年代のアメリカでは、ハリウッドの特殊メークで使われた歯科材料のレジン(樹脂)を応用して人工爪が作られ、スカルプチュアネイルやネイルエクステンション(長さ出し)が広まって現在に至ります。

1970年代のアメリカでは、ハリウッドのメーキャップアーティストが特殊メークで使われていた歯科材料のレジン(樹脂)を応用して人工爪を作り、スカルプチュアネイルが生み出されました。これがネイルエクステンション(長さ出し)として広まり、現在に至ります。
日本のネイル業界のあゆみ
日本でネイルが職業として確立していく流れも押さえておきましょう。年号がそのまま問われます。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1980年ごろ | アメリカから技術が持ち込まれ、日本でもネイルが広まり始める。 |
| 1985年 | 日本ネイリスト協会が任意団体として設立される。協会設立時に作った造語「ネイリスト」が、マニキュアリストを指す言葉として日本では定着していく。 |
| 1990年代 | ネイルサロンが急速に増え、ネイルが一般に浸透していく。 |
| 1997年 | ネイリスト技能検定試験がスタートする。 |
| 2000年ごろ | ジェルネイルブームなどにより、ネイルサロンは身近な存在となり、ネイリストは職業として社会的に安定していく。 |
| 2006年 | 日本ネイリスト協会がNPO法人(特定非営利活動法人)となる。 |
| 2008年 | それまで協会が実施していたネイリスト検定事業を継承し、日本ネイリスト検定試験センター(JNEC)が一般財団法人として設立される。 |
| 2012年 | JNECが内閣総理大臣より認定され、公益財団法人となる。 |
| 2014年 | 総務省が管轄する日本標準産業分類において、「ネイルサービス業」が独立した一つの産業として認められ、新設される。 |
とくに2008年=JNEC設立、2012年=公益財団法人、2014年=産業分類に新設の3つは問われやすい年号です。この流れによって、ネイリストは社会的に認められた一つの職業となりました。
ネイルの歴史と技術体系 小テスト(3級)
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